野崎利晃(子宝先生)

薬剤師&鍼灸師が解説する陰陽太極図について #妊活 #子宝先生 #鍼灸 

薬剤師&鍼灸師が解説する陰陽太極図について #妊活 #子宝先生 #鍼灸 

@kodakarasensei

陰陽太極図について

陰陽というのはまずそもそも何かと言ったら

対立した概念、全然反対なもの同士が
一緒にそこに存在するっていうのが

陰陽の考え方の一番の基本になります

この世の現象も物質も
陰陽で成り立っている

常に対立した存在と
1つであるという考え方になります

つまり物質的なものだけではなくて

現象といって考え方であったりも
陰陽で表現することができる

よく陰陽について質問いただくのが

陽が明るくて陰が暗いっていう

性格的な陰キャとか陽キャ
という表現もされますが

女性に対して男性というように
女性と男性を陰と陽で分類することもできる

つまり先ほどの言葉で言い換えると

女性と男性は
相反する存在であるということ

ただし必ず一緒に存在する

光があれば影が存在する

臓腑ですね

五臓と六腑というように臓腑も分類される

物質的なものだけではなくて“自分↔他人”

今この会場には“私↔他の人”っていう風に

1:1でなくても1:2であっても
1:10であったとしても

陰と陽という風に分類することができる

例えば親子ですと

子どもに対して親というように
関係性も陰と陽で分類される

違うもの同士という意味ですね

というのが陰陽で大事なこと

この中で大事なことは考え方

例えばこの陽の部分と陰の部分
家族で表現しようとしますと

竹下先生のご自宅は何人家族ですか?

4人家族

4人家族の“竹下先生↔他のご家族”とした時

竹下先生はご自身の健康のために
様々な取り組みをされると思います

それが食事であっても含めて
睡眠の取り方もそうなんですが

竹下先生は家族という
このコミュニティの中での存在

所属している上で

個人のための健康に対する
考え方・活動は重要なんですが

個人だけのためのその活動ってのは
実は結果を伴わないですね

ご自身のためだけではなくて

このコミュニティ全体が
良くなる健康的な生活

健康的な社会生活が送れる前提を
作る取り組みを積極的に行うことが

このコミュニティに存在してる竹下先生の
健康につながるという考え方ができます

自分だけ、自分だけじゃないんですよね

必ず人というのはコミュニティに存在してる

例えばここは3丁目です

ごみを出す日は月曜日と木曜日
朝なんですね明日です

明日の朝にゴミ出せないといけないから

3丁目に所属してる私

“私↔他の地元の方々”がいますが

私が自分勝手でゴミを後から出してしまうと何が起こるか

ゴミ捨て場は明日の朝には
カラスに荒らされてますよね

自分のためだけではなくて
コミュニティ全体のことを行わないと

ここに所属する私さえも気分が良くないし
社会生活がうまく送れなくなります

その時にこの境目がありますね

これは実は制約であったり
ルールであったり規則であったりがそう

ゴミは月曜日と木曜日に出しましょう
というルールのもと成り立ってる

ルールがないとコミュニティというのは
やはりうまく機能しなくなる

というようにこの関係性

つまり私はこのコミュニティ全体の
ルールを守った上で

コミュニティ全体が過ごしやすい

この3丁目の社会生活のための
活動を行うことが

私自身が3丁目の社会生活
経済活動がうまくいくという考え方

夫婦間でもそう

夫婦間でも同じで自分が自分がではなくて

パートナーとの関係の上でこの2人の関係性
全体が良くなるための努力がないから

2人の関係がうまくいかなくなってくる

その上でこんな言葉を
紹介させていただきます

夫婦対鏡

夫婦とは一組の合わせ鏡のようなもの

互いに照らし合い
お互いを映し合っているならば

相手を直そうとするよりも
まず自分を良くしていこう

そうして夫婦がぴったりと合一すると

一家の健康・発展はもとより

すべての幸福が生み出される
という考え方があります

自分のためだけではないですね

所属するコミュニティのため

もう1つ

万象我師

人は人、自分は自分だと考えるところに
不幸が生じます

人はみな見えない次元でつながっていて

先ほどの陰陽の関係性ですね

他人は自分の心や振る舞いを
反映する鏡なのだ

人を変えようとする前に
まず自分を変えよう

身の回りに起きてくることは
自分を教え導く師匠でもある

心を空にしてその教えを聞き
心の歪みや偏りを正した時

周囲も自ずと変わってくる

周りが、パートナーが、スタッフが
変わってくれるのは結果です

なんですがその結果という見返りを
求めない前提も大事

そしてこの教えを聞きっていうのもそう

聞くというよりも気付くかどうかですね

このコミュニティ全体が
良くなるためにはどうしたらいいのか

そこに存在する所属してる
自分自身の原因を先に探すこと

だから誰かが教えてくれるわけではない
という意味になります

-野崎利晃(子宝先生)